もうそれって「面倒だから」じゃ済まされないんですよ

【前半——ここから——】

何の話かというと、ほとんどの人に当てはまるある傾向についてのお話です。

よく、先日投稿したこちらの記事をご覧ください。

という感じで、記事の冒頭に以前に投稿した記事へのリンクが張られていることがあります。その理由に関して興味深いことをお伝えしましょう。

Q:冒頭にいきなりリンクが張ってある場合、その先を参照する必要があるのか?

に対して答えるなら、

「必要どころのお話ではありません」と言わざるを得ません。

  • そこを読まずして、何の意味があるの?
  • 読み終えて何のことかサッパリわからなかったでしょう?

ということです。

僕の場合は、新しい記事の冒頭に以前とまったく同じものを、長々と表示させるのが気が引けるという理由で、リンクにしているだけです。

参考程度だからだとか、よかったらどうぞとかいうレベルではなく、

重要だから用意している

のです。なくてはお話にならないからということです。

つまり、僕の記事で、リンク先を読まずに本文を読み始めてしまうのは、

  • 推理小説を最終章から読み始める
  • 謎解きだけ読んで、「サッパリわからない」などと勝手な評価をする
  • 事件のいきさつすら描かれていないことに、疑問を持たずに読み進める

ようなものです。

もし、本だったら「落丁なのかな」と気にすると思うのですが。

このように、重要どころではなく、なければお話にならないリンクを、ほとんどの人がクリックしません。もうクセになってしまっているのかもしれませんね。

それとも、クリックしたら爆発するとでも思っているのでしょうか。

【前半——ここまで——】

ここで意外なことを公表しましょう。

実は、このようなことを書き連ねている僕自身も、リンクをクリックするのが面倒なのです。

  • たかがワン・クリックとはいえ、面倒です。
  • その後の表示待ちだって、1秒程度でしょうがじれったいです。
  • おまけに、戻ってくる手間が必ずあるし。
  • そんな行為を好き好んでするなんて信じられません
  • 言ってみれば、目的地の反対側に出かける用事が入ったときの気分です。

こんな感じですね。

でも、間違いなく【前半】は僕が書いたんですよ。で、今ここで面倒だなんだといっているのも僕ですよ。

間違いなく同一人物なのに、どういうこと?

その答は、自分の中にそういう思いがあるから、【前半】が書けたということです。

「リンクがあったらそっちを先に巡るのが常識じゃない。当たり前すぎて考えたこともなかった」という人に、あのようなものが書けたでしょうか。

当然、不可能ですよね。

「本題を読み始める前にリンク先を表示させることが面倒だ」という発想すらないわけですからね。

僕にそういう性質があるからこそ、リンク先をすっ飛ばし本題に入りたがるせっかちな人の存在を思いつけるのです。自分自身のことですから、知らないとか気づかないなんてことはないわけです。

このように、他人を見て「嫌だ」とか「気に入らない」だとかいうときって、その性質が自分の中にもあるということなのです。どんなに「ない」と主張したって無駄なのです。なければ気づけないという矛盾を説明できませんから。

まさに、投影の法則がはたらいていることがよくわかる実例ですね。