自分を一言で表すことって、そう簡単ではないですよね。でも、敢えてやってみます。

自分を一言で表すなら・・・

「目玉焼きに何をかける?」と聞かれて、「ケチャップ!」と答えるような人が嫌いです。という一文を読んだ際に、瞬時に文意が読み取れる人としか関わり合うことができない人です。

・・・と、こんな感じでしょうか。

ケチャップが嫌いなのではありません。《ものごとを俯瞰的にとらえられない人》が嫌いなのです。そもそも、僕はケチャップ好きですし。

正解発表というわけではありませんが、より詳しく説明しましょう。

先ほどの文を次のように置き換えます。

[Aと聞かれてBと答えるような人が嫌いです。]というCの文意を瞬時に読み取れる人としか関わり合うことができない人です。

つまり、AやBはどうでもいいのです。Cの文全体を捉えることができずに、目玉焼きやケチャップに意識を持っていかれてしまう人(以後《そういう人》と略します)とは関わりたくないということです。

正確に言えば、「嫌い」なのではなく、世の中のほとんどの問題は、《そういう人》が存在していることに起因しているということです。

もし、世の中にササッと文意が読み取れる人しかいなければ、問題など起きようがないことは言うまでもないことです。(といっても、このこと自体、《そういう人》には理解できないわけですが)

しかも、面白いことに、理解できないだけでなく、どういうわけか反感を持ちます。理解できないことにですよ。面白すぎませんか?

せめて「何言ってるのかわからない」ぐらいに留めておくべきですよね。(自分が理解できていないことすら理解できないわけだから、無理ないことなのかもしれませんが)

まとめれば、《そういう人》とは、ケチャップ好きな僕のことを「目玉焼きにケチャップをかけるのが嫌いな人」としか読み取れない人のことです。

そのような方とは、トラブルを未然に防ぐため、関わらないようにしています。

一方、「プロフィールにこんなことを書くなんて、面白い発想をする人だな」と思う方とは、とても相性が良いでしょう。

そもそも、この文章自体があなたのような《そういう人》ではない方に宛てたのものでした。なぜなら、《そういう人》にはこの文章の文意が読み取れるわけありませんから。

【おまけ】なぜ、「あなたのような」と断言できるのか。

《そういう人》たちはこんなところまで読んでいないからです。というより、能力的に読めません。

もし、あなたが「コイツ何をわけわからんこと言ってやがるんだ」と反感を持ちながら、ここまで読み進めて来たのだとしても、《そういう人》ではありません。仮にも、読み進めて来られたわけですから。

反感を持ちながらなのに、なぜこんなところまで読み進めて来られたのかの答も簡単です。あなたもきっとご存じのアレです。

イヤよイヤよも好きのうち

そうです。

最も縁遠いのは、あなたよりもずっと前にこのページを閉じてしまった人たちなのです。本当に関心がないものに反感など持つことはできませんからね。

さあ、このあとのあなたの行動は?